こんにちは、ジジです。
ここ数年、巷では「小顔」がもてはやされて久しいですね。
小顔は美人の条件であり、骨まで切って輪郭を小さくする整形手術をする人も増えているようです。
私が学生のころなんか、今のように、小顔がどうのこーのといった風潮などありませんでした。
美人であるかないかは気にしても、誰も顔の大小なんか気にしなかった。
それが、ここ数年で、いっぺんに「小顔」というキーワードが蔓延してきたように感じます。いったいなぜでしょうか?
「小顔」ブームのはじまり
よく「小顔」といわれる安室奈美恵さんが出てきたころ、彼女がもてはやされたのは、歌手としての魅力であって、決して顔が小さいからという理由だけではなかったように思います。
むしろ彼女が小顔といっても、誰もあまりそこに焦点を当てなかった。
ただ、時代が進むにしたがって、日本人の体形も欧米化し、手足が長く顔の小さい人が増えていった。
彼らがすこしずつ増加し、メディアに露出するようになると、顔の大きい人と小さい人の比較がしやすくなったのでしょう。
同じ背丈でも、並んでみると、顔が小さいほうが身長も高く見えるし、見栄えがよい。
それにメディアが便乗し、「小顔」というキーワードをあらゆるところで使用した。
結果、これだけ小顔がもてはやされるようになりました。
ネットを見ると、芸能人の誰々の顔の大きさを比較したり、縦横何センチ何ミリとかコト細かい計測結果まで公表、一般人でも、いちいち自分が平均より大きいのか小さいのかを気にして、Yahoo知恵袋でお伺いを立てているしまつ。
そして、顔の大小で人格まで否定されるかのような、いわれのない誹謗中傷がはびこっています。
こんなくだらない事象が起こるのは、日本、韓国、あとは考えられるところ中国くらいではないでしょうか。
欧米などではみんなが頭も顔も小さいけど、それでも比較すれば大小はあります。だけど誰もそんなこと気にしない。というかそんなところに意識すらいきません。
アジア圏はまだまだ、とくに女性に対する容姿へのこだわりや要求が尋常でなく、ほとんどビョーキの域。それに対して当の女性は怒ることも抗議することもなく、必死になって、同じように追随しようとしています。
SNSが小顔信仰を加速させる
小顔ブームの下地が出来上がったところで、スマートフォンの普及率増加に伴い、素人でもSNSなど、ネット上に自撮りをばんばんアップするようになりました。
そこでは、自撮りを加工できるアプリも活用され、顔を小さく、目を大きく、肌は白く、実物とはまったく違う人物に仕立て上げることも可能になりました。
そうすると、余計に小顔信仰は加速します。
加工せずに写真をアップしようものなら、ブスだの顔でかだの、心ない言葉を投げつけられる可能性があるからです。
加工なしではとても人に見せられない写真=本来の自分なわけですが、それよりも加工しまくった写真のほうがウケがいい。
メディアとSNSと、日本人が本来持っている「他人の目を気にしすぎる」性質が、小顔信仰をつくった。
しかし、いいかげんこれにうんざり、辟易している人は、私だけではないはずです。
顔の大小で他人を比較・評価するということ自体、おかしいと思わない人のほうがおかしい。
確かに顔が小さいほうが、見た目のバランスがよいかもしれませんが、見られるのが仕事の芸能人ならともかく、一般人にまでその価値観を押しつけようとしてくるのは度が過ぎているし、まして人を悪くいうのは言語道断です。
まとめ
私はとくに顔が大きくも小さくもない、ふつうの平均的アジア人の顔をしていると思います。
だけどこのあほらしい小顔信仰によって、自分が誰かと比較されたりするのはごめんだし、誰もそんなこと望んでませんよね?
容姿について優劣を決めること、もうやめませんか?
骨格がみな違うのは当たり前。それを、みな同じようにこうあるべきだという基準をつくって、個人の個性を完全に無視するか、貶める・・こんな社会を許していいんですか?これは、小顔だけでなく、今の日本で起こっている悪しき慣習すべてにあてはまりますよ。
評価されてしかるべきなのは、容姿など関係なく、人にやさしくできる人でしょう。
小顔信仰によって傷つく人、自分を偽らなければいけない人は、メディアが作り出した美しさの条件に振り回されているにすぎません。
押し付けられた価値観には、No!といいましょう。
もっともっと大切なことに、価値を見出せる世の中になってほしいものです。




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