学校が嫌いだった話

ジジです。

私は子どもの頃から、学校が嫌いで嫌いでしかたありませんでした。

小学校から始まり、中学、高校と、毎日学校に行くのが苦痛でしかたなかった。

べつにいじめられていたわけではないし、落ちこぼれてたわけでもないけど、

もともと集団行動が苦手な性格もあって、みんな同じような横並びの人間を量産するかのような学校という場所が、ひどく窮屈に感じていました。

今回は、学校のどういうところが嫌いだったか、について、当時を思い出しながら、話していきたいと思います。

 

①校則が嫌い

 

校則が好きな人はいないと思うが、何か理由があるなら納得も出来る。

でも、なぜこんな校則があるのか、理由を聞いても教師ですら答えられない、わからないものを、生徒に「ただ校則だから」という言い分で納得させようとするのがまるで理解できなかったです。

たとえば、中学時代、女子はロングヘアがだめで、髪は肩にかからないよう切る必要があった。

理由は不明。ただ校則でそう決まっていたので、強制的に女子はみんなショートへアか、短いボブを余儀なくされてました。

でも、それは一体、何の意味があったのか?

女生徒が髪を短くしなければいけないほどの、実質的で誰もが納得いく理由や必要性なんて、誰も説明できなかった。

あたりまえだよね、だってそんなもの最初からないんだから。

今現在、その校則はとっくに廃止されてるので、廃止できないほどの強力な理由や意味は無かったといわざるを得ないでしょう。

あと、靴下の長さや色、スニーカーは白でなければならないとか、学校で使うためにわざわざ新調しなければならなかった。

理由は、「校則で決まっていたから。」

校則をつくった本人も、突きつめれば理由がわからないような決まりごとが多く、いちいちそれに従わなければいけない理不尽さに、ただひたすら、子どもだった自分は苦しんでました。

②教師が嫌い

学校の教師というのは、だいたい社会人経験をつんでいません。

大学卒業して、すぐに教員として働き始めるパターンが多いので、ものすごい狭い視野しかもってないです。

今でこそ、モンスターペアレントやらで生徒と教師の立場が逆転してますが、私が学生だったときはまだまだ、教師の力が強かった。

今なら大問題になるような、虐待まがいのことを、どいつもこいつも平気でやってました。

授業中、突然大きな声で怒鳴っていた担任のせいで、私は今でも、大声で話す人に対してトラウマがあります。

その同じ教師から、やってもいないことで疑われ、濡れ衣を着せられて、放課後呼び出されたこともありました。

今でもそいつのやったことは忘れないし、反吐がでるほど嫌いです。

他にも、えこひいきはする、髪をひっぱる、手でたたく、といったことをする奴も、どこの学校にも最低一人はいるような時代だったと思います。

人格破綻していても、免許さえ取れば教師になれる。そしてそんな人間を雇い、子どもの教育を任せてしまえる学校という場所は、狂気の沙汰としか思えませんでした。

ジャーナリストの船瀬俊介さんが、「学校狂育」というのは、非常に的を得ています。

③個性を評価しないのが嫌い

学校という場所は集団行動でなりたってます。

それはそれでいいとして、なぜ何から何まで、あたりまえのように皆同じにさせようとするのか。

少しでも「普通と違う」とみなされると、徹底的にそこを攻撃され、皆と同じ行動をとるように指導される。

量産型のロボットのように、少しでも列からはみ出すと、ダメ人間というレッテルを貼られます。

フィンランドの学校は、子どもたちが何をしたいか、何になりたいかを重要視して、その子の個性を伸ばせるような授業を組む。

でも、日本の教育はそうではないですよね。

個性や特技を尊重するより、出るくいは打つ、というやり方です。

こんな環境でのびのび成長できる人が、いったい何人いるのでしょうか?

日本の学校狂育のやりかたは、子どもの才能の芽をつぶすことはしても、それを大きく育てることはできません。

おわりに

私は、好奇心が強く、なんにでも疑問を持つ子どもでしたが、学校では、なぜ?と聞いても納得のいく答えがもらえないことがとても多く、とても生き辛かったのを覚えています。

そのうち、もう疑問を持つことすら、無駄なのだと思うようになりました。

大人たちは、納得のいく答えをもつどころか、私たちが疑問に思うことを、疑問だと思わないのです。

時代がかわり、果たして学校の環境は改善されたでしょうか。

私はそうは思えません。

確かに生徒の立場は昔より強くなった。

だけど、横並び出るくいは打つ、というやり方は変わっていないし、昔は無かった新たな問題も出ています。

何より、学校にいく、という選択肢以外に、子どもたちがもっと自由に才能や個性を伸ばせる道が、もっとたくさんあって然るべきではないでしょうか。

現に、学校に行かず、ホームスクーリングで勉強している子どもを見ると、他人の比べることもなく、自分のペースで楽しく過ごしています。

また学生の頃に戻りたいなんて思わないけれど、もし戻るとしたら、学校にかよう以外の選択肢を今度こそ取りたい。

そして、もし学校に行くなら、「窓際のトットちゃん」に出ていたトモエ学園みたいな、自由でやさしい学校へなら喜んで行きたい。と思うのです。